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ここ数日というもの、何かいろんなことを考える暇があり、…いや、暇だったわけではないのだけれど、そうこうしているうちに父が倒れて入院したりとそんな日々を過ごしている今日この頃であります。

久しぶりに家族の余命告知や延命治療の選択を迫られたりとしましたが、なぜか不思議なもので 何の自分の感情も動かなかったような気がしています。

でも、それはもうここ10年ぐらい抱いていた自分への疑念で、私は人の「死」に対しての感情がどこか欠落してしまっているのではないか…というものであります。

きっかけは10数年前にさかのぼるのですが…。

その頃まだ私は学生だったんですが、あるその年に突然、母が病気で他界し、高校時代の仲良かった後輩が亡くなり、大学でお世話になっていた先輩が交通事故で亡くなり…。
めちゃくちゃ身近な人たちが急に周りから立て続けにいなくなってしまい、その時はもうこの世界が何がなんだかわけわからない状態になって、なんて人は脆くて儚いんだとか思いながら、数ヶ月間塞ぎ込んだものでありました。

…が、いつの頃からかなぜか

「死ぬことなんていつか来て当たり前のことだし、それが早いとか遅いとかそんなものは問題ではないんだ。それがたとえ病気で亡くなろうが、事故で突然亡くなろうが、…極端に言えば誰かから殺められて亡くなろうが…。死ぬ時期やきっかけなんて関係なくて、そしてその時期やきっかけによって悲しむ度合いに差があるのも違う気がするし。死ぬ時期なんてもともと決まってるんだろうから、表面的なきっかけはどうあれ、きっとその人はその人生を全うして終了したんだから、やっぱり悲しむべきではないよ。」

などと思うようになったのでありました。

なんだろうね。

この思考が良いのか悪いのかわかりませんが、それからというもの人が死ぬことに対しての動揺がなくなったように思います。

そして、自分の死に対しての恐怖も。

ただ、ひとつだけ良かったなと思えるのは、それからの日々は

「明日もし自分が死んでしまうのだとしたらそんな行動とるだろうか」
とか
「明日もしその人が死んでしまうとしたらそんな態度で接するだろうか」

とか考えれるようになったことでしょうか。

だから「死」で動揺しなくなった…?

…いや、やっぱりなんか変かな。
私は何か人として欠落しているのでしょうか…。

うむ。何書いてるんだろう。

…でもね、病気で苦しんでいる人を見るのはやっぱり辛いのですけどね…。

おわり。

written by ノリロウ

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