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みんな「余命3ヶ月」と言われたらどう感じるんだろう。

残りの余生を十分楽しもうと思えるだろうか。

わからない。

少し前にそういえば珍しく父のことなど書いたことがあるのだけれど。

アルツハイマーの症状なのか痴呆の症状なのか突然奇行を見せ始め…なぜかめちゃくちゃなビジネスを始めようとしてみたり。
その後、周りが大迷惑に巻き込まれ、その収拾をつけるためになぜか僕が代表取締役になっていたり。
その悪しき存在をなくすためにその代表になるなんてとても皮肉なものだけれど。

そんなこんなで(短くまとめすぎか)、ここ数ヶ月は怒涛の日々をすごしているのだけれど。

その人が、余命3ヶ月と診断された。

そういえばそれは覚悟はできているつもりだった。

母が十数年前に、余命3年と言われ、半年も立たずに死んでいったあの時はひどく悲しんだけれど。

そのあと、なぜか「人の死」についてはマヒしてしまって、悲しさを覚えなくなったんだった。

「死ぬ」って悲しいことじゃない。
誰でもいつかやってくることだし。
早いからもったいないとか、遅いから全うしたとかそういうものでもない。
きっと最初からその時期は決まってるんじゃないかな。
だから、別に哀しむものでもない。

…そう思っていた。いや、そう思っている。

『人生いつ終わりが来るかわからないので、今日を精一杯生きる』『短い人生なんだから自分のやりたいことをやる』みたいな理論があるけど、それは僕には理解できない。

僕はたぶん今すぐ死んでも後悔しない。

どう生きても、それは今日を精一杯生きているからだ。
人は知らず知らずのうちに最善の道を自ずと選んでいるのだと思う。

…だから「死」は悲しいことじゃない。

そう思っているから、もし自分が「余命3ヶ月」と言われたら何と思うんだろう。

…きっと何も感じないのかな。

わからないや。

…でもね、どんなに憎んでいた人であったとしても…やっぱりそういう人を目の前にすると、なんだかちょっともの悲しいな。

written by ノリロウ

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かつて、こんな物語もありました…

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