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	<title>正しさ | NORIROW&#039;S DIARY</title>
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	<description>Just another story「ノリロウ戦記」</description>
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	<title>正しさ | NORIROW&#039;S DIARY</title>
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		<title>バカ写真炎上騒動はもしかしたら世界を崩壊させたい人達のテロリスト的行動なのではないかという幻想。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[norirow]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Aug 2013 23:10:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[ソーシャルネットワーク]]></category>
		<category><![CDATA[正しさ]]></category>
		<category><![CDATA[革命]]></category>
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					<description><![CDATA[あなたが今生きてる世界は楽しいですか？ 息苦しくないですか？ 何かを崩壊させたい欲求にかられることはありませんか？ 最近、あのコンビニの冷凍庫に入って写真撮っちゃった事件を筆頭に、次々とおバカな写真が世の中に出回っており [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://norirow.com/archives/14975"><img data-recalc-dims="1" fetchpriority="high" decoding="async" alt="" src="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/slooProImg_20130810081022.jpg?resize=800%2C521&#038;ssl=1" width="800" height="521" class="alignnone size-full" /></a></p>
<p>あなたが今生きてる世界は楽しいですか？<br />
息苦しくないですか？<br />
何かを崩壊させたい欲求にかられることはありませんか？</p>
<p><span id="more-14975"></span></p>
<p style="margin-top: 5.0em;">最近、あのコンビニの冷凍庫に入って写真撮っちゃった事件を筆頭に、次々とおバカな写真が世の中に出回っております。</p>
<p>写真が出回っているというか、それを取り上げる話題が増えているというか。</p>
<p>まぁ、あれですよね。<br />
愉快犯というか、やってる人はまさかそんな大きな話になるとか思わずに、その場が楽しいからやっちゃってるのでしょうけど。</p>
<p>ある意味、ネットの力というか、負のオーラというか。</p>
<p>その結果、そのお店が閉店になったり、その人がクビになったり。</p>
<p>▼ ふむふむ。と言って読みました。</p>
<p>☞ <a rel="noopener" href="http://d.hatena.ne.jp/Hamachiya2/touch/20130809/flaming" target="_blank">バカな写真がよく炎上している理由 &#8211; ぼくはまちちゃん！(Hatena)</a></p>
<p>☞ <a rel="noopener" href="http://blog.tokuriki.com/2013/08/post_763.html" target="_blank">コンビニや飲食店の冷蔵庫バカ写真炎上騒動が連鎖し続ける背景にある8つの要因 | tokuriki.com</a></p>
<p>ホントそうなんだろうなぁと思います。</p>
<p>昔からよくあることだったのかもしれないけど、いつの間にかソーシャルネットワークというかインターネットが自分の想像以上に拡散力を持ってしまってた結果というか。</p>
<p>そのリスクをまだ世界中が認識できていないというか。</p>
<p>たぶんそれだけなんだと思うのだけれど。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">…でも、なんていうか、本当は別の深層の理由があるのではないかなんて考えてみたりもするのです。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">みなさんは、「世界が崩壊してしまえばいいのに」と思うことはありませんか？</p>
<p>ぼくはあります。<span style="font-size: x-small;">たまには。</span></p>
<p>今のこの世界って生きやすい世の中なんでしょうか？<br />
なんで今の社会は存在しているのでしょうか？<br />
この世の存在は正しいのでしょうか？</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">もし、これらのように、自分の周りの世界や、自分を含めたその存在そのものに疑問を持ち、それを破壊したい人達がいたとして。</p>
<p>その人達の行動の一端が、あのバカ写真騒動だったとしたらどうでしょう。</p>
<p>愉快犯ではなくて、確信犯。</p>
<p>それをやったら、自分も断罪されるけど、自分の置かれてるその環境も崩壊させられる。<br />
ある意味、自爆テロ的な何か。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">または、実は水面下に世界を転覆させたい闇の組織があって。</p>
<p>そこからの指示で、確信犯的にその行動をさせられているとか。</p>
<p>末端の若い隊員達は鉄砲玉のようにそのような行動をやらされているのです。</p>
<p>そして、こういう事件が連鎖していけば、国は荒れていくばかりで。<br />
国民のモラルは低下し、何もかもの生産性も落ち、犯罪は増え…。<br />
こうして一つの国を崩壊させることができるのです。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">…なんて。</p>
<p>まぁ、ひとつの妄想にすぎないけど、なんていうか、正しいか正しくないかは別として、もし今のバカ写真騒動にそんな強い意思があるのなら、それはとても崇高なことだよなぁと思うのです。</p>
<p>「世界を変えたい」という人の強い意思がそれをさせていたのなら…。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">今の法律や常識や道徳や慣習が本当に正しいとは限りません。<br />
それらは時代とともに変化していくものです。</p>
<p>もしかしたら…革命が近いのかもしれませんね。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">正しさが人を救うとは限らないから。</p>
<p style="margin-top: 10.0em;">…まぁ、どうでも良い話でしたね。</p>
<p>ということで、あんな悪ふざけはやめましょう。(笑)</p>
<p>それではまた。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>人は死んだら記憶を失っていくのでしょうか？</title>
		<link>https://norirow.com/archives/14582</link>
					<comments>https://norirow.com/archives/14582#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[norirow]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 05 Jul 2013 15:11:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[Think different]]></category>
		<category><![CDATA[可能性]]></category>
		<category><![CDATA[正しさ]]></category>
		<category><![CDATA[魔法]]></category>
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					<description><![CDATA[かなりどうでも良い話というか、ただの雑記なんですが。 …いや、ただの疑問か。 最近、身内がたくさん入院しておりまして。 日々、お見舞いやら手続きやら病院からの呼び出しなどで動き回る毎日なんです。 そんな時、入院中のおばあ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://norirow.com/archives/14582"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" class="alignnone size-full" alt="" src="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/slooProImg_20130506175840.jpg?resize=800%2C533&#038;ssl=1" width="800" height="533" /></a></p>
<p>かなりどうでも良い話というか、ただの雑記なんですが。<br />
…いや、ただの疑問か。</p>
<p><span id="more-14582"></span></p>
<p>最近、身内がたくさん入院しておりまして。<br />
日々、お見舞いやら手続きやら病院からの呼び出しなどで動き回る毎日なんです。</p>
<p>そんな時、入院中のおばあちゃんが言っていた言葉がちょっと印象的で。心に引っかかって。</p>
<p>「あぁ、ほんま大きくなったねぇ。お母さんが生きていたらねぇ。どんなに喜んだろうにねぇ。」<br />
「あんなに早く逝ってしまったから、あんたたちのこともう忘れてしまったかねぇ…。」</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">母はもう10数年前に亡くなっていて。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">…人は、死んでしまったらもう記憶を失ってしまうのかなぁ。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">なんていうか、個人的にはずっと見守ってくれているイメージだったんだけど。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">だから、自分が死んでも、ずっと見守ってあげれるつもりだった。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">だから、今まで死ぬのが怖いと思った事はなかったし、いつの頃からか、人が死んでも悲しいと思わなくなっていた。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">どうなんだろうなぁ。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>『正しさが人を救うとは限らない』という言葉の舞台裏。</title>
		<link>https://norirow.com/archives/7433</link>
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		<dc:creator><![CDATA[norirow]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 10 Jun 2012 14:57:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[正しさ]]></category>
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					<description><![CDATA[どこで誰が言っていた言葉なのか忘れたのだけれど、ずっと なるほどなぁ と心に引っかかっている言葉がある。 「真の友達とは、たとえ自分が間違ったことをしようとしていても、それをわかって応援してくる人のことだ」 なるほどなぁ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://norirow.com/archives/7433"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-7434" title="NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588" src="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=630%2C420&#038;ssl=1" alt="" width="630" height="420" srcset="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=630%2C420&amp;ssl=1 630w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=500%2C333&amp;ssl=1 500w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=370%2C247&amp;ssl=1 370w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=380%2C253&amp;ssl=1 380w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=640%2C427&amp;ssl=1 640w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=280%2C186&amp;ssl=1 280w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?resize=330%2C220&amp;ssl=1 330w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/NS525_do-mujyounonakanobara500-thumb-750x500-1588.jpg?w=750&amp;ssl=1 750w" sizes="(max-width: 630px) 100vw, 630px" /></a></p>
<p>どこで誰が言っていた言葉なのか忘れたのだけれど、ずっと なるほどなぁ と心に引っかかっている言葉がある。</p>
<p><span id="more-7433"></span></p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong><span style="font-size: large;">「真の友達とは、たとえ自分が間違ったことをしようとしていても、それをわかって応援してくる人のことだ」</span></strong></span></p>
<p style="margin-top: 5.0em;">なるほどなぁと今でも思っている。</p>
<p>たぶん普通ならきっと、</p>
<p><strong><span style="color: #3366ff;">「真の友達なら、自分が間違ったことをしようとしていたら、体を制してでも止めてくれる」</span></strong>とか<strong><span style="color: #3366ff;">「人が言いにくいようなことでもきちんと注意してくれる」</span></strong>とか、そんなありきたりな言葉になってしまうんだろうけど。</p>
<p>…よく考えたら、<strong>本当に間違っていることをしようとしていたら、それは友達でなくたって誰でも指摘できるんだよね</strong>。<br />
そして今のネット全盛の世の中、指摘や批判はやられ放題だから、それはなおさら。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">だからそもそもこの言葉の大事な部分はそこではなくて、<strong><span style="color: #3366ff;">「本当の正しさや間違いって誰の基準で判断しているのか」</span></strong>という部分なんだ。</p>
<p>その人がやろうとしていることが「正しい」のか「間違ってる」のかって誰が決めるの？という部分。</p>
<p>たぶん、ちょっと変わったことをしようという人がいるとすると、きっと周りのいろんな人たちはとりあえず懐疑的な目で見て、親しい人ほど「それは間違ってる。止めとけよ。」って言うんだ。</p>
<p>でも、その「間違ってる」って基準はあくまでその人の勝手な「正しさ」の基準から作られてるものだから…。<br />
多くの人がなんとなく「正しい」と思っている偶像から作られた基準で言っているにすぎない発言だから。</p>
<p>だから、上の言葉の解釈は</p>
<p><span style="color: #ff9900;"><strong><span style="font-size: large;">「真の友達なら、一見あなたが間違ってることをしようとしていても、あなたを信じてそれを応援してくれるはずだ。だってそれは今までの誰もやったことも考えたこともない、今の世の中にはない新しい大発見のひとつなのかもしれないのだから。」</span></strong></span></p>
<p><strong></strong>とか、そういうことになるんだと思う。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">「正しさ」って難しいところで、何をもって正しさとするかというのを考えだすときりがないんだけれど…。</p>
<p><strong><span style="color: #3366ff;">本当の正しさって何？</span></strong><br />
<strong><span style="color: #3366ff;"> 法律？常識？風習？習慣？道徳？倫理？</span></strong><br />
たぶんそんなところからきているところが多いのだと思うのだけれど。</p>
<p>確かに、そういうものは必要なのだけれど、それらは時代とともに変化していくものだ。<br />
今までの歴史の中で何度も変化しているもの。</p>
<p>そもそも、今のその法律や風習で、本当に人々は幸せになっているんだろうか。</p>
<p>…いや、確かにより「不幸」にならないようにはできているのかもしれないね。</p>
<p>でも、何かの進展には大きくブレーキをかけているものかもしれない。</p>
<p>現にその規律や倫理で、今自分がいる組織や社会が本当に住みやすく発展しているかどうか考えてみるとよくわかる。<br />
きっと今自分が属してる組織や国は前に進んでいない。どちらかというと後退している。</p>
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>今信じてるその「正しさ」が人を救っているとは限らないということなのかもしれないよ。</strong></span></p>
<p style="margin-top: 5.0em;">…まぁね、それこそ「進化」や「発展」が『正しい』のかどうかはわからないけどね。<br />
これを突き詰めると無限ループになるのだけれど。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;"><strong>ただ…なんだかこのままでは「夢を語れない世界」ができあがっちゃいそうだから、僕は「誰も人の夢を否定しない世界」を作りたいと思う。</strong></p>
<p style="margin-top: 5.0em;">…なんかふとそんなことを思う休日の夜なのでした。</p>
<p>おわり。</p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>「正しい言葉の使い方」なんて概念なくなればいいのにという雑記。言葉に解放を。</title>
		<link>https://norirow.com/archives/6433</link>
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		<dc:creator><![CDATA[norirow]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 May 2012 13:10:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[正しさ]]></category>
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					<description><![CDATA[「正しい言葉の使い方」という概念なんて、なくなってしまえばいいのにと以前からすごく思っています。 …と、それだけ書くと語弊がありそうですが…(･_･; 日本語の使い方っていろいろ難しくて、敬語やら漢字やら、接尾語や接頭語 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><a href="https://norirow.com/archives/6433"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="size-full aligncenter" src="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/20120430-115726.jpg?resize=722%2C480&#038;ssl=1" alt="20120430-115726.jpg" width="722" height="480" /></a></p>
<p>「正しい言葉の使い方」という概念なんて、なくなってしまえばいいのにと以前からすごく思っています。</p>
<p><span id="more-6433"></span></p>
<p>…と、それだけ書くと語弊がありそうですが…(･_･;</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">日本語の使い方っていろいろ難しくて、敬語やら漢字やら、接尾語や接頭語やらいろんな決まりや由来があって、それらを従来の使い方通りにずっと使っていくのはなかなか至難の業です。</p>
<p>そして、少しそれらの“伝統”を知っている人たちから「その言葉の本当の使い方はこうだ」という指南がよくあるのもこの言葉の世界のお決まりです。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">ただ、そこでいう「本当の使い方」っていうのが本当の「正しさ」なんでしょうか。</p>
<p>僕が思うに、現在 “生きている” その言葉の使われ方の方がよっぽど、正しいと思うのです。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">例えば、よく「ぜんぜん」という言葉の使い方を正すシチュエーションを目にします。</p>
<p>「ぜんぜん」って、もともと下に否定的な句を続けて使う言葉。<br />
でも最近は肯定的に使う人も多いように思います。</p>
<p>正式に言うと、<br />
<strong>「ぜんぜん大丈夫ではないです。」は ○ </strong><br />
<strong> 「ぜんぜん大丈夫です！」は × </strong><br />
ということになるのだけれど、でも、今はどちらでも意味は通じると思います。</p>
<p>大辞林で調べても肯定的に使うのは俗語として認められつつあるのかな？</p>
<p><a rel="attachment wp-att-6478" href="https://norirow.com/archives/6433/daijirin_zenzen-2"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-6478" title="daijirin_zenzen" src="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=630%2C323&#038;ssl=1" alt="" width="630" height="323" srcset="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=630%2C323&amp;ssl=1 630w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=500%2C257&amp;ssl=1 500w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=1600%2C821&amp;ssl=1 1600w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=370%2C190&amp;ssl=1 370w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=768%2C394&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=1536%2C789&amp;ssl=1 1536w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=380%2C195&amp;ssl=1 380w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=640%2C329&amp;ssl=1 640w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=280%2C143&amp;ssl=1 280w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?resize=330%2C169&amp;ssl=1 330w, https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/daijirin_zenzen1.png?w=1864&amp;ssl=1 1864w" sizes="(max-width: 630px) 100vw, 630px" /></a></p>
<p>例えばこういう言葉に対して、「これは否定的な言葉を続けないとおかしいよ。あなたの使い方は間違っている。この常識知らずが！」という反応をする方たちがいるのだけれど、その反応自体にとても違和感を感じています。</p>
<p>伝統的な使い方が美しくてある程度の規則にのっとっていたほうがいいというのもわかるのだけれど、でも、人から使われなくなったり理解してもらえなくなったりしたものはそれは既に死んでいるもの。<br />
たとえ従来の使い方ではなくとも、“今” の時代に生きている使われ方こそ、その言葉の「正しさ」なんじゃないかと思うのです。</p>
<p>言葉だって進化させてあげてほしい。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">言葉の使い方の根底にあるものって、おそらくいわゆる「マナー」なんだと思います。</p>
<p>マナーってなんでしょうか。<br />
決まった形をこなすことがマナーでしょうか。</p>
<p>たぶん、そうじゃないはずです。</p>
<h2><strong>マナーって、人に不快な気持ちを与えなかったり、気持ちよくことを進めるためのものだと思います。</strong></h2>
<p>だから、“今” 生きている言葉を、伝統的な “正しい” 使われ方じゃないという一点で非難する人こそ、もしかしたらその周りの人たちを嫌な気分にさせるのかもしれません。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">少し話を変えてちょっと違う視点から言うと、例えば「がんばります」という言葉があります。</p>
<p>とても前向きで僕は好きな言葉です。</p>
<p>ただ、この言葉はビジネスシーンではよく禁句扱いされることがあります。<br />
「 “がんばります” じゃなくて “やります” と言え！」と。</p>
<p>もちろんその意味はわからなくもないのです。<br />
ビジネスでは結果しか意味がなく、また「がんばります」という言葉が逃げ口上として使われることも多いからだと思います。</p>
<p>でも、「 “がんばります” じゃなくて “やります” と言え！」と言っている人の多くも、どこかからその概念を拾ってきただけで、ロボットのようにお決まり文句でそれを言っているだけにすぎないのも事実です。</p>
<p>あまりそのやりとりに意味がないのです。</p>
<p>だから、そのやりとりを耳にするたびに、「あぁ、“がんばります” って言葉が可愛そうだ。」と思うのです。</p>
<p>本来は素敵な言葉なのに。</p>
<h2 style="margin-top: 5.0em;"><strong>もっとその言葉のもつ本当の力を解放させてあげたい。</strong></h2>
<p>人の力によって、その力を制限しているにすぎません。</p>
<p>もちろん「言葉」って人が作り上げ、人が使っているものです。<br />
でも、いったん生まれてきたものはそれが「人」であれ「物」であれ「言葉」であれ、それは自立し一人歩きしていく自由があるはず。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">だから、変に人の「常識」や「マナー」で言葉を制限してはいけないのではないかと思っているのです。</p>
<p><span style="font-size: large;"><strong>「正しさ」なんて見る角度によっては、ぜんぜん違うものになります。</strong></span><br />
<span style="font-size: large;"><strong> 今、「正しい」と盲目的に信じていることが本当に人の役に立っているとは限らないのです。</strong></span></p>
<p style="margin-top: 5.0em;">言葉を解放してあげると、きっといろんな新しいものが生まれてくるんじゃないかな。</p>
<p>それが今のこの日本を変えていく大きな発明に繋がるかもしれない。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">……なんて、そんなことをふと思う雨の日なのでした。</p>
<p style="margin-top: 5.0em;">おわり。</p>
<p><a rel="nofollow noopener" href="http://itunes.apple.com/jp/app/da-ci-lin/id299029654?mt=8&#038;uo=4&#038;at=11l5ZQ" target="_blank"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" class="alignleft" style="border-radius: 11px 11px 11px 11px; -moz-border-radius: 11px 11px 11px 11px; -webkit-border-radius: 11px 11px 11px 11px; box-shadow: 1px 4px 6px 1px #999999; -moz-box-shadow: 1px 4px 6px 1px #999999; -webkit-box-shadow: 1px 4px 6px 1px #999999; margin: -5px 15px 1px 5px;" src="https://i0.wp.com/a1.mzstatic.com/us/r1000/109/Purple/v4/e3/8c/12/e38c1297-5ae5-a974-75fb-953e43c8a8f6/mzl.awufybzd.75x75-65.png?w=75" alt=""  align="left" /></a><strong> 大辞林 2.3（￥2,500）</strong><a rel="nofollow noopener" href="http://itunes.apple.com/jp/app/da-ci-lin/id299029654?mt=8&#038;uo=4&#038;at=11l5ZQ" target="_blank"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" style="vertical-align: bottom;" src="https://i0.wp.com/norirow.com/wp-content/uploads/App_Store_Badge_EN_173x60-e1407936652305.png?w=90&#038;ssl=1" alt="App"  /></a><br />
カテゴリ: 辞書／辞典／その他, 教育<br />
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